どこに立って世界を見るか―
海外で育つ子どものアイデンティティと、私たちができること
海外で暮らす子供達。様々な文化や考え方に触れながら育つ環境は、何ものにも代えがたく貴重なもの。
でも成長したのち少なくない子供が直面するのが
「自分はいったい何者なのか」。
■立ち位置の重要性
海外育ちの子供がアイデンティティで悩む最大要因は、国籍でもDNAでもなく、
“どこに立って世界を見るか”が定まらない
ことと言われています。
立ち位置は、価値観の土台であり、感情のスタート地点。
いわば、人としての根っこ。
これが曖昧になると
- 怒れない
- 共感できない
- 誇れない
そして、
“言葉にできない違和感”だけが残る。
■一時帰国に連れて行った場所
日本で生まれ育ち、日本人としての立ち位置しか持たない私には、その悩みは想像することすら難しい。
しかし、それでも日本人のDNAを受け継ぐ以上、せめて日本で何が起こったのかを知る必要がある。と考え、次男が小学校6年生のときに広島の原爆資料館に連れて行きました。
彼は衝撃を受けましたが、日本で何が起こり、どんな苦しみを味わったかを理解できたようです。
■アメリカ視点での歴史教育
そして次男はミドルスクールに上がり、授業で第二次世界大戦を学びました。
しかし内容は日本とは異なり、あくまでアメリカの視点。
「原爆投下のおかげで戦争が終わった」というあっさりとした説明でした。
その後、他の国籍の子どもたちが体育のチーム分けの際に「ジャパンボム」と冗談ぽく命名しようとしたとき、次男はそれに対し猛烈に抗議しました。
先生が仲裁に入り、トラブルは収まりましたが、次男は私に
「原爆資料館で日本の人たちが何を失いどのように苦しんだかを知り、その重さを学んだから見過ごせなかった。知っていてよかった。」と伝えてくれました。
私はこの言葉を聞いて、アメリカの視点を理解しつつ、日本人としての視点からの主張もしっかり示すことができた次男を誇らしく思うとともに、
連れて行って本当に良かった、と心から感じました。
■第二次世界大戦がもつ教育的価値
第二次世界大戦は多くの国を巻き込んだからこそ
- 勝者の論理
- 加害と被害の両面
を含む、各国で異なる歴史認識が同時に存在します。
しかも、まだ戦争経験者が存命であるほどの身近な出来事。
この一つの出来事を複数の異なる視点から理解しようとする経験は、子どもが自身のアイデンティティを育む上でとても貴重だと感じました。
■親としてできること
将来、どの立ち位置で世界(物事)を見るかは、最終的には子ども自身が決めることです。
でも、
立つ位置によって見えるものが違い、どの視点で見るかを意識する重要性を
私たちが伝えることができれば、
子どもたちは自分に「何者か」を問うたり、ぼんやりとした「空っぽ」を感じることなく、力強く自分の道を歩めるのではないかと思います。
■最後に
原爆資料館には、小さい子供には視覚的にショッキングな展示が多いため、慎重さが必要です。
また、ティーンであっても周辺情報がないと怖さが先立ち、浅い学びに終わってしまうため、事前に映画やTV特番などで日本視点での全体像を知っておくことをお勧めします。
我が家の場合は折に触れて戦争関連のTV特番を一緒に見、訪問直前には「永遠の0(ゼロ)」を一緒に観ました。戦争映画では「あの花が咲く丘で」がティーンの子供たちと同世代の話なので共感しやすく良いようです。
海外で子育てをするみなさんの参考になれば幸いです。
Oya*CoLab
田中 真左子(アメリカ在住)



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